最初に断っておくが今回の記事はかなりグロい物も普通に出てくる。なので苦手な方はそのあたりもご注意しながら読んでいただくか、今このページを閉じられることをお勧めする。

何度もこのブログで公言している通り、自分は映画が好きである。その中でもホラーというジャンルがとりわけ大好きで、機会があれば視聴している。

そんな自分が様々あるホラー映画の中でもダントツで好きなものはゾンビ映画である。そしてその数多あるゾンビ映画の中でナンバーワンと思っているのは１９７８年にジョージ・A・ロメロ監督によって作られた「ゾンビ」（原題: Dawn of the Dead）である。

この映画は所謂ロメロ監督による”ゾンビ三部作”の二番目に当たる作品で、一作目の「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」（原題：Night of the Living Dead）からの作品観をそのまま継承している。ちなみに三作目は「死霊のえじき」（原題：Day of the Dead）で、人類がその後どうなったのかを描いている。

なぜ原題をわざわざ書いたのかというと、１作目は「Night」（夜）、２作目は「Dawn」（夜明け）、３作目は「Day」（昼）と言う風に死者たちの世界での立ち位置の推移や人類を制圧して行く様子を指しているともいえるタイトルが付けられている。芸が細かいなと思う。

初めてこの作品を観たのは確か中学生の時だったと記憶している。当時まだ出来たばかりの”テレビ大阪”で夕方からの時間帯で放送していたのを観た憶えがある。

正直最初はホラー映画と思って観ていたのだが、どうもこれはアクション映画ではないのかと途中で思い始め、終盤では極限状態の中で生き延びるためにサバイバルをする話だと確信した。なぜなら主人公とその相棒は軍隊から離脱した現役の兵士である。なんて心強いのだろうと思う。

有名な作品なので細かいストーリーは割愛するが、ショッピングモールにたどり着いてからゾンビたちを一掃して制圧するまでの流れが秀逸で、その中で犠牲者が出るあたりも観客の感情移入を誘えるように上手く作られている。圧倒的なゾンビたちの数の暴力に人間の知恵と工夫で立ち向かう姿が希望を与えてくれるまである。

とはいえ、この作品がハッピーエンドで締めくくられる要素はどこにもなく、いつかは終末を迎えるであろうことは簡単に想像できた。最後はモールを見つけた略奪者の集団の登場により彼らの安息の場所はいとも簡単に崩壊させられ、彼らもそこを離れざるを得なくなるのであるが、きっともうこの世界には逃げる場所など残っていないのだろうと思わせられるラストシーンがずっしりと心に来た事を憶えている。

作品として見てもプロットが良く考えられていて、途中で妊娠していることを明かしたフランが何かの役に立てる様にと射撃とヘリの操縦を覚えることが最後の脱出シーンの伏線となっていたり、略奪者たちとの抗争の末にエレベーターの中で襲われてゾンビ化したスティーブンが隠し階段のある場所を本能的に覚えていて真っ先に向かう場面などはよくできていると今見ても感心してしまう。

しかしこれは何度も言うがゾンビ映画である。しかも特殊メイク担当はあのトム・サヴィーニである。ゴアな表現は最初から最後まで容赦なく出てくる。特にエグイのは初っ端に特殊部隊が突撃するアパートらしき建物でのゾンビたちとの乱闘シーンである。

人体をこれでもかと破壊する描写や、ゾンビと化した旦那に抱きついた結果食べられてしまう哀れな奥様などなかなかの場面のオンパレードである。きっとここで断念した人もいるのではないかと思う。

ちなみに略奪者の一員としてトム・サヴィーニが出演している。口ひげを櫛でとかしつけている革ジャン野郎の役だ。最後はピーターに撃たれてしまうのだが、なかなか良い暴力キャラを演じている。その後長い時を経て「ランド・オブ・ザ・デッド」にマチェーテを持ったゾンビの役でも出演している。最初に見たときは変な笑い声を出してしまったものである。

さてここからがこの映画の考察になるのだが、この映画には数々のバージョン違いが存在する。そのバージョンごとにシーンが追加されたりカットされていたりするのだが、有名なものでは日本劇場公開版で、冒頭に惑星が爆発して、その放射線が地球に降り注いだことがゾンビ発生の原因とされる説明が流れる。これは今ではお目にかかることの少ないバージョンである。

ゾンビ発生の原因としては前作の「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」にて明確には語られていないのだが、「金星探査船が爆発し、放射能のような物質が地球に降り注いだ」とのニュースでのセリフがある。しかしロメロ自身はそれを「メディアが勝手に理由付けしているだけ」と明言を避けている。きっと彼にとってはそれは大した問題ではなかったのだと思われる。

ではロメロが語りたかった、描きたかったものは何なのか？推測と憶測で考えてみると、彼は常に”痛烈な社会風刺”と”タブーとされているもの”に向き合ってきたように思う。

「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」は実はあの「アイ・アム・レジェンド」の原作にインスパイアされて作ったものであるが、人肉食という当時でも禁忌とされていたカニバリズムを取り入れることで、いわゆる”ゾンビは人肉を求め、喰らい、食べられた人間もゾンビになる”という定型のフォーマットを確立させた。これは今日まで脈々と受け継がれ、ゾンビ映画の恐怖の根幹として機能し続けているのは言うまでもない。

そして社会風刺の観点で言うと、「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」で描かれたものは、当時のベトナム戦争の影響やソ連との冷戦下での社会情勢に対するロメロの批判とも受け取れる。特に主人公のベンが何とか立てこもった全員で生き延びられるように働きかけるが、同じ家の中で対立したクーパーがあまりに傲慢なせいで軋轢を生み、最後にはベンも含めて全員助からないという結末を迎えるあたりは、「ゾンビ（外敵・他国）が集団（国家）を滅ぼすのではなく、人間同士（国内・国家）の争いにより自滅する」というメッセージとも思える。面白いのは主人公のベンが黒人であり、冷静で人格的であるのに対し、そのほかの登場人物は全員白人で、威圧的であったり、主体性がなかったり、自己的であるように描かれていることである。

人種差別的な描写はないものの、ベンの意見をクーパーが軽んじて破滅へと進む過程が言わずもがなである。しかも最後に地下室に立てこもり生き残ったベンも銃を持った白人にゾンビと間違われて撃ち殺されてしまう。これも又この作品が上映された１９６８年にキング牧師暗殺があったり、公民権運動の緊張が続いていた時代背景と合わせて考えさせられてしまうのである。

そして「ゾンビ」でその反骨精神はさらに開花していく。今度は１９７０年代アメリカの”物質主義・大量消費文化”を痛烈に批判するのである。主人公たちが立てこもるショッピングモールに集まってくるゾンビたちは”生きていた時の習慣でここに来てしまう”と語られる。週末ともなるとモールにはたくさんの客が訪れ、それぞれの購買欲を思い思いに満たしていたと思われ、いわば”物欲を満たす聖地”だったのであろう。また忘れてはいけないのが、主人公目線で見れば”ショッピングモールを制圧すれば安全が担保できる”のであるが、ゾンビ目線で見ると彼らもまた立派な”略奪者”であるという事だ。

現在行われている戦争や民族間での紛争は言うまでもないが、災害から逃れるための避難所で形成される即席のコミュニティでさえも立場を利用しての傷ましい行為がすぐに蔓延する。モラルやルールの破綻した状況下では人間はいともたやすく自分を見失うことが出来るという事を歴史が証明している。結局この作品でも人道的な観点で考えると略奪者と主人公グループで資源を分け合うことが一番の平和的解決であったはずなのだが、この状況下では誰一人それを考える余裕もなく人間たちが争い自滅していく様子をゾンビたちはただ黙って見ているだけなのである。

さてこれは有名だが、ゾンビ三部作の主人公、または主要人物はすべて黒人である。ロメロ自身は意図してないと語るが、何かしらの思惑を感じるのは自然であると思う。なぜなら誤解を恐れずに言うとロメロ監督はマイナーやインディーズを愛していたと思っている。根拠としては「ナイトライダーズ」という作品である。簡単に要約すると”メジャーになると自分の理想を貫けなくなる”という事かと。当時のメジャー映画では黒人の主人公は受け入れられにくかったはずなので。

その目線で見ていると確かにハリウッド等で作られるホラーやパニック映画は潤沢な予算や製作費を費やして映像的にはすごいものを作れるのだが、なぜか深みのないものになってしまっていたり、テーマがぼやけたりするものが多い印象を受けてしまう。

そんな中でもロメロはたとえ低予算であってもアイデアと工夫で良質な作品を作ることが出来ると証明したのである。ちなみに主役二人の特殊部隊の制服はどう見てもただの作業着である。しかしこの映画の中ではそんなことなど気にもならないくらいの存在感を放っている。

しかし残念なことにこの後怒涛の如く量産されるゾンビ映画は同じようなパターンのみをなぞる形となってしまい、ロメロが提唱した本質とはかけ離れたものが数多く制作されてしまう事となる。

だがそんなテンプレート型の作品の数々をあざ笑うかのように晩年のロメロは「ランド・オブ・ザ・デッド」や「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」という社会風刺に満ちた作品を次々に発表して行く。決して派手な映画ではないのだが、考えさせられる作品となっている。やっぱり自分はロメロの作る作品が好きである。

さてここで個人的に長年疑問に思っていることを述べたいと思う。

「ゾンビが食べたものは果たしてその後体内でどうなるのか？」である。

基本的にゾンビは人肉を好んで食べるという設定であるのだが、（作品によっては生きたネズミを食べる描写も有ったりするのだが）根本的に死体である彼らは内臓も消化機能も働いてないと思われる。ではなぜ人肉を食するのかがずっと引っ掛かっていたのであるが、これに対して明確な答えを示すものが今のところ発見されずここまで来た。

何とか自分なりに解釈した結論としては「体内で消化されずに腐敗してゆく」という、ただの本能として人肉を食することを求めているだけという乱暴な推察に行き着いた。

「人肉を食べる＝人間社会そのものを食べるという比喩」だとか、「ただ単に恐怖の象徴としての描写」なのだろうかと考えてもみる。場合によっては食べるのではなく噛みついたりすることによってウィルスを増殖させて仲間を増やしているだけのように見えることもある。

だが「ヘルシング」の主人公アーカードのセリフを借りれば、ゾンビが増え続ければ倍々ゲームで人間はすぐに滅び共倒れするだろうことも想像に難くない。なので食すという欲求のみでもないような気はしている。

またゾンビにも多種多様なスタイルがあり、ロメロのように原因不明なものもあれば科学実験で作られたウイルスによって誕生するものもある。「デモンズ」や「死霊のはらわた」などのようにキリスト圏内らしく悪魔の仕業として誕生するものもある。「28日後」以降は全力疾走するゾンビまで登場する始末だ。いや、走るってものすごい全身の筋肉使うよなと、死体ではなかったのかと突っ込みを入れてしまいたくなるのは人情。

個人的にはゆっくりと、しかし確実に数で押し寄せてくるゾンビが一番好きではある。

とは言え我が国では死んだら火葬する文化であるので、万が一謎の放射線やウィルスが蔓延しても「バタリアン」のように墓場から死人が蘇ることはないので安心している。そこにあるのは灰である。むしろ樹海や山の中で埋められたものが蘇る危険があると思うので遺体の不法投棄などはやめていただきたいと願う。

だがもしも本当にゾンビが出現してしまったとしたら海外のように武力での制圧は期待できない。昨今の熊による被害でさえも後手後手に回るようではゾンビの思うままである。現時点で籠城するのならショッピングセンターではなく武器となるものが手に入りそうなホームセンターだよな・・・などと誰もが一度は妄想するのではないだろうか？そんな懐の深さをゾンビ映画から常に感じずにはいられない。

余談ではあるがあの超大作「バイオハザード」が製作されるにあたって当初はロメロにオファーがあったらしい。製作段階で意見が衝突してしまい、ロメロは降板したとの事である。

きっとタイラントやゾンビ犬のようなクリーチャーが好みに合わなかったのではないのかと勝手に考えてみる。

それでも”正体不明の歩く死体が溢れかえる世界で生き残るためにサバイバルする人類”という世界観を作り上げたロメロの功績はもっと讃えられるべきだと自分は思う。

やっぱり「ゾンビ」は自分にとって唯一無二の作品であるということである。

今回は様々な文献を調べるのに時間がかかってしまいました。

それくらい今でも世界中で愛され続けている作品だということを改めて知りました。

「ゾンビ映画」のカテゴリーだけで実に１５００作以上あるそうです。とても全部は観られないと諦めてしまいました。